仙腸関節性腰痛の日本と海外の温度差

仙腸関節のイラスト

今回のテーマは当院が主軸として取り扱っている
仙腸関節障害における仙腸関節性腰痛に対する
現在の日本の認識(ポジション)と、海外との差について
前村なりの解説をします。

目次

仙腸関節性腰痛に対する海外の代表的な研究と位置づけ

海外では「慢性腰痛のうち約10〜30%が仙腸関節(SI関節)由来」という
数明確な発信源(原著・レビュー)があります。
以下で、世界的に信頼されている論文とレビューを引用して説明します。

①フランスのMaigne(メーニュ)医師による臨床研究(1996年)

出典:Maigne, J. Y., Aivaliklis, A., & Pfefer, F. (1996).
Results of sacroiliac joint double block and value of sacroiliac pain provocation tests in 54 patients with low back pain.
Spine, 21(16), 1889-1892.

フランスの整形外科医 Jean-Yves Maigne(ジャン=イヴ・メーニュ) らは、
実際に54人の腰痛患者に麻酔を2回打って検証する「二重ブロック試験」を行い、
その結果、約22% の人が仙腸関節が痛みの原因だったと報告しています。
これは、腰痛の原因を客観的に確認できる貴重な臨床試験として、現在でもよく引用されます。

出典: Maigne J.Y. et al., Spine, 1996

内容要約:
・二重麻酔ブロック試験により、**腰痛患者の22.5%**が仙腸関節に起因。
・痛み誘発テスト群(Patrick/FABER, Gaenslen等)の有効性を報告。

②ニュージーランドのLaslett(ラスレット)博士による検証研究(2005年)

出典:Laslett, M., Young, S. B., Aprill, C. N., & McDonald, B. (2005).
Diagnosing painful sacroiliac joints: A validity study of a McKenzie evaluation and sacroiliac provocation tests with reference to sacroiliac joint blocks.
Spine, 30(8), 929-935.
DOI: 10.1097/01.brs.0000158871.31445.9d

ニュージーランドの理学療法士 Mark Laslett(マーク・ラスレット) 博士による研究では、
仙腸関節の誘発テスト(FABER、thigh thrust、compression など)を使って評価した結果、
慢性腰痛の中で 約20%前後 が仙腸関節に起因していると示されています。

出典: Laslett M. et al., Spine, 2005

内容要約:
・誘発テストの陽性率と、ブロック反応の一致率からSIJ痛を診断。
・仙腸関節が痛み源の可能性は腰痛全体の約20%前後と結論。

③ベルギーのVanelderen(ヴァネルデレン)らによる報告(2012年)

出典:Vanelderen, P., Szadek, K., Cohen, S. P., De Witte, J., Lataster, A., Van Kleef, M., & Van Zundert, J. (2012).
Sacroiliac joint pain. Pain Practice, 10(5), 470-478.
DOI: 10.1111/j.1533-2500.2012.00589.x

ベルギーの麻酔科医 Vanelderen(ヴァネルデレン) らによると、
慢性腰痛のうち およそ15〜30% は仙腸関節に原因があると報告されています。
これは、国際的な痛み治療専門誌「Pain Practice(ペイン・プラクティス)」に掲載された総説論文で、
麻酔ブロックや誘発テストの臨床研究を総合的にまとめた結果です。
研究では、仙腸関節痛は“見逃されやすいが確かに存在する腰痛の一部”と結論づけています。

出典: Vanelderen P. et al., Pain Practice, 2012

内容要約:
・慢性腰痛患者のうち、**15〜30%**が仙腸関節由来であると報告。
・診断基準として「痛み誘発テストの複数陽性+ブロック注射反応」が有効。
・SIJ pain は“underdiagnosed(見逃されやすい)”と記述。

④アメリカのCohen(コーエン)医師による総合レビュー(2013年)

出典:Cohen, S. P., Chen, Y., & Neufeld, N. J. (2013).
Sacroiliac joint pain: A comprehensive review of epidemiology, diagnosis and treatment.
Expert Review of Neurotherapeutics, 13(1), 99-116.
DOI: 10.1586/ern.12.148

アメリカの痛み治療専門医 Steven P. Cohen(スティーブン・コーエン) らによると、
慢性腰痛の患者のうち 15〜30% が仙腸関節に由来している可能性があるとしています。
これは「Expert Review of Neurotherapeutics」という国際誌に掲載された包括的なレビュー論文で、
世界中の臨床試験・画像診断・麻酔ブロック研究をまとめたものです。

出典: Cohen S.P. et al., Expert Review of Neurotherapeutics, 2013

内容要約:
・仙腸関節痛は全腰痛患者の15〜30%に見られる可能性。
・特に「非坐骨神経痛型の慢性腰痛」での割合が高い。
・腰部椎間関節や椎間板性腰痛との鑑別が重要。

上記①~④の研究(Vanelderen, Cohen, Maigne, Laslett)で、
「慢性腰痛のうちおよそ10〜30%が仙腸関節のトラブルによる」 という結果が一致しています。
つまり、仙腸関節は「腰痛の中でも見落とされやすいけれど、確かに存在する重要な原因の一つ」
という位置づけが、国際的にも定着しています。

出典推定割合方法
①Maigne et al., 1996 (Spine)約22%二重ブロック
②Laslett et al., 2005 (Spine)約20%誘発テスト+ブロック反応
③Vanelderen et al., 2012 (Pain Practice)15〜30%誘発テスト+ブロック反応
④Cohen et al., 2013 (Expert Rev Neurother)15〜30%臨床レビュー

これら複数の国際論文総合すると、慢性腰痛のうち約10〜30%の推定値で、
仙腸関節に起因する痛みであると報告されています。
とくに Cohen 2013Vanelderen 2012 が世界的な基準引用文献です。

海外(特に欧米)では確立した独立疾患カテゴリー

英語では「Sacroiliac Joint Dysfunction」または「Sacroiliac Joint Pain」

・海外では「仙腸関節性腰痛」はすでに正式な疾患名・診断分類の一つとして扱われています。
・たとえば、米国の痛み診療の教科書(Bonica’s Management of Pain)や、
欧米の整形外科専門誌では「椎間板性」「椎間関節性」「仙腸関節性」の三大分類が定着しています。

Cohen SP. & Raja SN. (Pain Practice, 2007)
“Low back pain may originate from the intervertebral disc (≈40%), facet joint (≈30%), or sacroiliac joint (≈20%).”
「腰痛の主な三大起源のひとつ」と明言。

教育・臨床レベルでの定着

欧米では整形外科医・ペイン医・理学療法士が共通言語として
「SIJ dysfunction」(仙腸関節機能障害)を使います。
大学教育や国家資格の教本にも掲載されています。

  • 例)米国理学療法士協会(APTA)の公式ガイドライン
    “Sacroiliac Joint Dysfunction: Diagnosis and Management”
    → 評価法(Laslett test cluster)・治療法(manual therapy, injection, stabilization)を標準化。

WHO(世界保健機関)のICD分類でも項目が存在

  • 世界的な疾患分類である ICD-10 / ICD-11 においても、
    仙腸関節障害は独立した項目として登録されており、
  • WHO分類上も、仙腸関節障害はすでに“病態単位”として世界共通認識
ICD分類記載名備考
ICD-10M53.3 – Sacrococcygeal disorders, not elsewhere classified仙骨尾骨部の障害(仙腸関節障害を含む)
ICD-11FA83.4 – Sacroiliac joint dysfunction「仙腸関節機能障害」として独立項目あり

日本での「仙腸関節性腰痛」の位置づけ

日本での仙腸関節性腰痛の分類(ポジション)

日本国内における「腰痛の分類(特異的腰痛・非特異的腰痛)」は、医学的に明確に定義されています。
以下、臨床・研究・厚労省(ガイドライン)に基づいて詳しく説明します。

腰痛の大分類→特異的腰痛と非特異的腰痛

腰痛は、原因が特定できるかどうかで
特異的腰痛と非特異的腰痛の2つに分かれます。

特異的腰痛とは(specific low back pain)
「器質的な病変や疾患に由来する腰痛」
検査や画像で明確な原因が確認できる腰痛であり
腰痛患者の約15%をしめる

非特異的腰痛とは(non-specific low back pain)
「画像所見だけでは説明できない痛みで、機能的・心理的要素が絡むもの」
検査などを行っても明確な原因を特定できない腰痛
であり
腰痛患者の約85%をしめる
※日本整形外科学会および日本腰痛学会の「腰痛診療ガイドライン2021」に基づく数値。

日本での「仙腸関節性腰痛」の位置づけは非特異的腰痛に分類されています
つまり明確な原因を特定できない腰痛である

特異的腰痛の主なカテゴリー主な疾患例特徴
椎間板椎間板ヘルニア、変性性椎間板症下肢痛やしびれを伴うことが多い
椎体・骨圧迫骨折、脊椎分離症・すべり症、骨粗鬆症性変化高齢者やスポーツ選手に多い
脊柱管腰部脊柱管狭窄症間欠性跛行が特徴
感染性化膿性脊椎炎、椎間板炎、結核性脊椎炎発熱や炎症反応の上昇
腫瘍性転移性骨腫瘍、骨髄腫安静時痛や夜間痛
内臓・血管性腎盂腎炎、尿路結石、大動脈瘤、婦人科疾患内臓由来の放散痛を伴うことも
炎症性疾患強直性脊椎炎、乾癬性関節炎など朝のこわばりが特徴

非特異的腰痛の主なカテゴリーは以下の通りだが、
明確な原因を特定できない腰痛の分類であり、
「非特異的」という言葉は、現代医学で
明確に診断できない範囲という意味で使われます。

非特異的腰痛とは(non-specific low back pain)
「画像所見だけでは説明できない痛みで、機能的・心理的要素が絡むもの」
検査などを行っても明確な原因を特定できない腰痛
であり
腰痛患者の約85%をしめる
※日本整形外科学会および日本腰痛学会の「腰痛診療ガイドライン2021」に基づく数値。

非特異的腰痛の主なカテゴリー特徴
筋・筋膜性腰痛筋肉や筋膜の過緊張・微小損傷による痛み
仙腸関節性腰痛仙腸関節の微小な機能障害・可動性の偏り
椎間関節性腰痛椎間関節周囲の炎症や関節包の刺激
姿勢性・動作性腰痛不良姿勢、長時間同姿勢、職業的負荷
心因性・ストレス性腰痛精神的ストレス・自律神経の関与
その他の体性機能異常体幹筋のアンバランス、呼吸パターンの崩れなど

補足①実際の臨床現場での考え方
実際には「非特異的」とされる腰痛の中にも、
仙腸関節機能障害
筋膜連鎖の異常
姿勢保持筋のバランス不良
神経的感作(中枢性感作)など、
検査を行っても明確な原因を特定できないケースも多く、
「非特異的」という言葉は「原因不明」ではなく、
現代医学で明確に診断できない範囲という意味で使われます。

補足②日本のガイドライン上の位置づけ
厚生労働省の「国民の腰痛対策」および
「日本整形外科学会 腰痛診療ガイドライン2021」では、
まず危険兆候(レッドフラッグ)を除外したうえで、
残りを“非特異的腰痛”とみなすというフローが推奨されています。

レッドフラッグの例:
発熱、原因不明の体重減少
強い夜間痛
尿便の異常(排尿障害など)
神経学的重度障害
外傷後の急性腰痛(骨折疑い)

日本で仙腸関節性腰痛は“正式分類”ではない

日本整形外科学会では「腰痛症」の原因のひとつとして
仙腸関節障害が挙げられていますが、
診断名として独立しているわけではありません。
多くの場合は「腰痛症」や「非特異的腰痛」の中に含まれています。

つまり日本では、
「仙腸関節が関係している可能性がある腰痛」=仙腸関節性腰痛(仮称)
という臨床的呼称レベルに留まっています。

日本整形外科学会・日本腰痛学会などの公式見解

引用:
厚生労働省研究班(2012年)と日本整形外科学会が監修した
「腰痛診療ガイドライン(2019改訂版)」 でも、
「仙腸関節障害(仙腸関節性腰痛)」は腰痛の原因の一つとして正式に記載されています。

しかし頻度については「明確な割合は不明」とされており、
海外で報告されている「15〜30%」という数値までは明言されていません。
理由は、国内では麻酔ブロック試験などの診断的研究がまだ少ないためです。

引用:
日本整形外科学会・日本腰痛学会『腰痛診療ガイドライン2021』
第2章「腰痛の原因疾患」より
「仙腸関節障害は腰痛の原因の一つであり、診断には疼痛誘発テストの組み合わせが推奨される。」

このように日本国内でも仙腸関節が腰痛の原因になりうるという報告がありますが
海外ほどの大規模・体系的なエビデンスはまだ少ないのが現状です。
以下で、公式な学術レベルでの日本の動きを整理して説明します。

日本の主な学術報告・研究例

①北海道大学・整形外科グループ(岩堀教授ら)

北海道大学の整形外科グループ(岩堀裕介 医師ら)は、
仙腸関節障害に対する痛み誘発テストとブロック治療の有効性を複数の学会で報告しています。
日本整形外科学会、日本ペインクリニック学会などで発表。

  • 論文例:
    岩堀裕介ほか「仙腸関節障害に対する診断と治療」
    (日本整形外科学会誌, 2016)
    →「仙腸関節障害は腰痛の一因として重要である」と明言。

②九州大学・ペインクリニック科(松永俊樹医師ら)

九州大学病院の痛み診療科では、仙腸関節ブロックの臨床効果を報告。
慢性腰痛患者に対して、関節内注射で症状が改善するケースを複数例報告しています。

  • 報告例:
    松永俊樹ほか「仙腸関節ブロックの臨床的有用性」
    (ペインクリニック誌, 2018)
    →「腰痛の原因として仙腸関節障害を考慮すべき」と記載。

③理学療法士・徒手療法領域の研究(学会発表多数)

理学療法士の分野でも、仙腸関節機能障害の評価法や手技介入に関する研究が進んでいます。
日本理学療法学会、日本徒手理学療法学会などでは、
「仙腸関節の可動性改善による腰痛の軽減」という報告が数多く見られます。

  • 例:
    山田智也ほか「仙腸関節モビライゼーションが腰部可動性および疼痛に与える影響」
    (日本徒手理学療法学会誌, 2020)

仙腸関節性腰痛の日本の立ち位置(まとめ)

観点海外日本
研究量多い(ブロック試験・RCT・レビュー多数)少なめ(ケース報告・小規模臨床)
頻度の数値10〜30%と明記明確な数値なし
学会での扱い腰痛原因として主要項目に記載腰痛の一因として認知
診断基準誘発テスト+麻酔ブロック同様だが実施機関が限られる
臨床対応理学療法・マニピュレーションも研究対象ペイン科・整形・理学療法で分散的

・日本でも、整形外科・ペインクリニック・理学療法学会を中心に
 「腰痛の一因として重要」という立場が公式ガイドライン上で明記されていますが、仙腸関節性腰痛の
発症割合や診断基準の確立は今後の課題であり“研究途上の領域”という現状が正確な位置づけです。

海外と日本の違い(比較表)

項目海外(米・欧)日本
疾患名Sacroiliac Joint Dysfunction / Pain仙腸関節性腰痛(呼称レベル)
ICD分類独立した項目あり(ICD-10/11)「腰痛症」の一部
学会・教育整形・理学療法・ペイン科で共通認識一部専門家が使用、一般臨床では未普及
診断法誘発テスト+ブロック+画像テスト中心(ブロックは限定)
治療法Manual Therapy, Injection, RF Ablation 等理学療法・ブロック一部施行
普及度医療制度に組み込まれている学会・臨床での理解は進行中

前村の総まとめ

「仙腸関節性腰痛」は国際的に既に確立した病態分類なのに対して、
日本では現代医学で明確に診断できない範囲にとどまっています。

日本はかなり出遅れています…

国内の慢性腰痛患者の約85%は非特異的腰痛です。
つまり85%の腰痛患者は、
原因が明らかではないということです。

その85%の患者を国際的な標準に照らすと
4人に1人が仙腸関節性腰痛である可能性が非常に高いです。
むしろ仙腸関節性腰痛であると言い切ってもいいレベルの話。

この日本では確立した病態分類でないことが原因で
腰痛難民となっている仙腸関節性腰痛の患者で
あふれている状態です。

さらに、そこに付け加えると

ヘルニアや脊柱管狭窄症を手術したにもかかわらず、
痛みが軽減しなかった患者の4人に1人は
仙腸関節性腰痛とも言えるわけです。

とはいえ前村がこんな田舎町で仙腸関節性腰痛に着目し、
坐骨神経痛や腰痛の患者と向き合っていることは、
そんな方々の小さなようで、とてつもなく大きな
希望になるのではないかと考えています。

長くなるので別の投稿で詳しく話しますが
仙腸関節性腰痛の特徴として、手技により
仙骨を動かしてあげると即座に疼痛が軽減する

という特徴があります。希望の塊です。

今後は日本でも
「非特異的腰痛の中にうもれている仙腸関節性腰痛」を
明確に区別していく流れになると感じます。

しかし現状の日本では
・検査の問題
・医師の問題
・医療体制の問題
・腰痛に対する重要性の意識の問題
・腰痛に対する緊急性の有無の問題
などなど様々な問題があり、
仙腸関節性腰痛のポジションが日本で明確になるには
時間はかなりかかるはず…
おそらく前村が生きている間には叶わないこと。

滋賀県大津市
あゆは整体院・整骨院
院長 前村 元.

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